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[musictrack出張所--tabris@Iskandal] [ヤマトサウンド耳コピ作品ストリーミング配信サイト--宇宙戦艦ヤマトの音楽]

あした空に帰るなら





「愛されることのない人生に、
 一体どんな意味があるというのか?」

昔はよく思ったものだ。

私を私として必要とされることもなく
一人の人間として一度も愛されることなく年老いたなら、
どれほどの哀しみと後悔と孤独に襲われながら
残りの時間を過ごすことになるのかと想像すると、
激しい戦慄と焦燥と不安を覚えて眠れなくなることもあった。


この問はけれど、少し違っていたようだ。
「愛することのない人生」を問題にすべきなんだ。


「明日の晩が終わったらあなたは空に帰るのです」

そう神が耳元でささやいたなら、
いま私は、最後の一日を誰と過ごしたいと思うだろう。

友達に感謝を、妹に両親に感謝と許しを、
そしていつまでも健康で幸せでいてくれるよう願うだろう。
恋人がいたのなら、あとはずっとその人のもとへ行くだろう。

ならば今の私は、ずっと想いつづけている人のもとへ行き、
最後のわがままを言うのだろうか?

片想いは愛じゃない、残念だけど。
どんなに深く想っても、どんなにその人の幸せを願っても
やはり自己憐憫に過ぎないんだ。


最後の一日は、小さな姪っ子たちと過ごしたい。
縄跳びして、おっかけっこして、芝生をごろごろして、
たくさん肩車や抱っこして。
そうして子供たちが疲れ果てて眠ったら、
傍らでそっと眠りたい。

子供が一番、素直に愛を受け取ってくれる。
一番素直に喜んでくれる。
だから最後にたくさん喜ばせてあげたい。
罪悪感を感じるし、極めてわがままだけど、
自分にも人を愛する力があったのだと納得したいから。


「愛することのない人生に、
 一体どんな意味があるのだろう?」

愛されないことには慣れている。
けれどせめて、精一杯愛させて欲しい。
愛のある人間になりたい。
愛を受け取ってもらえる人間になりたい。
愛することがそのまま喜びであるような、
そんな人間になりたい。

帰宅の車の中、ぼんやりと考えた。



mixi 2006/03/25